CEOインタビュー

事業ポートフォリオを環境に合わせて変革させ、社会にとって新たな価値を生み出し続けます。

代表執行役 最高経営責任者(CEO)
鈴木 洋

前期決算のポイント、特に、各事業における売上収益の増減要因や利益率の変動要因についてご説明ください。また、この1年間を振り返って、ご自身で評価されている点、逆にやり残したと感じている点はありますか?

2021年3月期は、主にライフケア事業が新型コロナウイルスの影響を受け、売上収益は5,479億21百万円と前年比5%の減収となりましたが、利益については税引前当期利益は1,592億18百万円(前年比+8.1%)、当期利益は1,252億21百万円(前年比+9.3%)と大幅な増益を達成しました。利益率についても、税引前当期利益率が29.1%と前年より3.6ポイント上昇しています。非常に苦しく、未曽有の事業環境ではありましたが、このような緊急事態において、グループが一丸となって機動的なコスト削減を行い、増益を実現できたのは非常にHOYAらしかったと評価しています。「守り」は強かった一方で、このような事態を逆手に取って競合の意表をつく、という「攻め」ができなかった点が心残りです。

セグメント別では、ライフケア事業が総じて、新型コロナウイルス感染拡大防止のために実施されたロックダウンなどの規制の影響を受けた一方で、情報・通信事業に対するインパクトは比較的少なく、なかでもEUVマスクブランクスやデータセンター向けHDD基板が非常に好調でした。前者は半導体メーカーやファウンドリによる次世代半導体の研究開発のさらなる活発化、後者はデータセンターにおけるストレージ需要の継続的な拡大を成長の背景としています。

新型コロナウイルスによる、各事業に対する影響と今後の見通しを教えてください。また、ポストコロナ(ニューノーマル)に向けた環境変化が貴社に及ぼす影響についても、プラスとマイナス面から、どのように捉えているのかをお聞かせください。

いつも言っていることですが、半年先くらいまでは見通しが立ちますが、1年先ともなると正直まったく分かりません。不明瞭なことを一生懸命、予想するよりも、見通しがつく3カ月先、6カ月先の業績を着実に考えていく方が精度が高いし、過去からの業績の推移がそれを証明していると思います。

こうした前提でお話しをすると、新型コロナウイルスは変異株などにより感染状況は一進一退を繰り返しており、依然、予断を許さない状況ではありますが、ワクチン接種の進捗とともに徐々に元の世界に戻っていくでしょう。産業としてオフライン(実店舗)へのエクスポージャーが大きいメガネなどは大きな打撃を被ったわけですが、経済活動の再開に伴って需要は着実に戻ってきていますし、手術件数の減少や設備投資の抑制の影響を受けたメディカル関連製品についても徐々に回復を見せています。ライフケア事業については、デジタル化が多少進んできているものの、産業構造自体が大きく変化することはないでしょう。

情報・通信事業については、コロナ禍をきっかけとした働き方の変革、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速が、当社の半導体関連(ブランクスやフォトマスク)やデータセンター関連(HDD基板)の需要拡大につながる可能性があるでしょう。

今後の事業ポートフォリオの方向性をどのようにお考えですか?特に、新たに追加したい領域と縮小したい領域についてもお聞かせください。また、M&Aの方針について教えてください。

事業ポートフォリオを環境の変化に合わせて変革していくこと、また、それぞれの事業への経営資源の配分が私の最大の仕事であることは変わりません。水平・垂直問わず、既存の事業領域に対して隣接しているものをM&Aを通じて追加していくのが基本的な考え方です。また、既存事業の補完的なM&A(ボルトオン)のみならず、現業とのシナジー、と言うよりは新しい事業として加えていくことも考えています。

対象領域として有力なのがメディカルの領域。と言っても、製薬は我々には難しいし、既存事業に近い領域となると、メディカル・デバイス、そのなかでも眼科領域になるかと思います。10年後には業界がかなり変わってくると思われますし、隙間や機会は転がっているでしょう。他方、テクノロジー側では通信はやはり難しいし、HDDは長期的には市場がなくなってしまう可能性があるなか、長期にわたって安定的に成立するのが半導体の事業領域であり、この産業を取り巻くニッチな事業領域を常にウォッチしています。

一般的には、「他社でうまくいっていない事業を買い取って、自社の経営システムを導入して強くする」という考え方もありますが、それは必ずしも効率的ではないし、極端な言い方をすると「放っておいてもうまくいく事業」を買うことを目標にしています。また、価格に関しては、将来のリターンに関する計算をロジカルに行い、規律を守ることを重視しています。理論価格に対して1円でも高ければ手を引くディシプリンが大事で、その点から今の市場に出ている案件はバリュエーション的にはほぼアウトではありますが、リターンが既存事業とのシナジー効果によってしっかり得られるものを買収していくつもりです。

今、具体的に縮小・撤退を検討している事業があるわけではありませんが、これまでも、うまくいっている事業、強い事業を残すことで、結果として事業ポートフォリオを強固にしてきました。優秀な人が一生懸命やってもうまくいかない事業は、そもそも事業領域としてのポテンシャルを疑わなければいけないし、ダメだと思えばスパっとやめます。

HOYAは完全独立採算の事業部の集まりで、それぞれが異なったカルチャーを持っていると聞きました。そのうえで、HOYAグループに共通する、強さの源泉となる企業文化はあるのでしょうか?

それぞれの事業領域の特性に合わせて組織や仕組みなどを最適化させてきましたので、事業部ごとに異なる文化があるのは事実です。それぞれで人事システムも異なり、従業員の事業部間の異動なども多くはなく、事業部に所属している意識はあれど、HOYAに属している意識は希薄です。求心力というよりは遠心力が強いことが特徴と言えるでしょう。そのなかにあって、共通するのが「数字でものを考える」という文化ではないでしょうか。一本の巻き尺で測らずに、事業によって異なる係数を用いていますが、収益につながること以外の力学、例えば派閥や学閥などのノイズやバイアスがなく、数字に基づいてロジカルに物事をとらえる文化は歴史のなかで共通して形成されてきました。

大多数が社外独立役員であるなど、HOYAのコーポレートガバナンスは先進的という評価の一方で、取締役会議長を社内取締役である鈴木CEOが兼任していることについて疑問の声もあるようです。この点へのご回答および、鈴木CEOは2000年に現職に就任されましたので、すでに21年になりますが、後継者についてのお考えも聞かせてください。

当社の取締役会では浦野さんが筆頭取締役を務められていて、また6名中5名と大多数を占める社外独立役員の力が非常に強い。事業や社内について最も深く理解している私が議事進行するのが何よりも合理的であるとの考えから、取締役会議長を務めていますが、私が独断で決めるなどということは一切ありませんし、当社の業績が悪化すれば社外取締役の皆さんからCEOとして「ノー」を突き付けられるでしょう。実際、「内密な話があるから席を外してくれ」と言われることもあり、呼び戻されなかったら、そのまま荷物を持って帰る事態もありうるわけです。

サクセッションプランについても、社外取締役のみで構成される指名委員会が策定を進めていて、私は候補者などに関する進言こそはするものの、指名委員会のメンバーではないため決定権はありません。これから10年、20年のスパンでは、よりオペレーションが複雑で、よりグローバルなヘルスケアやメディカルの領域が拡大していくでしょうから、そういった観点から候補者を探していくことになるでしょう。HOYAという会社が今後も永続し、繁栄するためにも、次世代の経営陣に「以前よりも強い状態」で引き継いでいくことが私の使命だと考えています。

投資家のみならず、今や顧客やサプライヤーなど幅広いステークホルダーにおいてESGへの関心が高まっています。ご自身にとって、ESGの取り組みと企業価値との関係をどのように捉えていますか?また、ESGの推進にあたって、最も重要だと考えている点についてもご説明ください。

ESGに関しては、総花的になってもダメだし、机上での議論だけでもダメだと考えています。「これが目指すべき姿」という理想論を講じても仕方がなく、「具体的にどうやって目標を達成していくのか?」に尽きます。また、継続が大事だと考えていますので、持続できないようなことはやるべきではないでしょう。

環境の面では、CO2の排出量の削減が重要となってきますが、製造業である当社にとって製造装置とクリーンルームの電気使用量が非常に大きい状況です。より省エネルギーな装置に変えていく必要があるわけですが、以前のように、CO2排出量を低減できて、なおかつコスト削減につながるというバランスは崩れつつあり、もはや企業レベルではなく国際政治レベルでの議論が必要となってきました。今後、製造装置の変更以外の選択肢も含めて検討を進めます。

社会の面では、ダイバーシティに少し触れておきましょう。当社グループは性別や人種など関係なく、平等に機会が与えられています。能力の高い人に然るべきポジションを担当してもらう、非常にシンプルかつフラットな発想で人事を決めています。日本企業ではありますが、従業員の9割以上が日本以外の国籍ですし、各国の現地法人の経営陣も国籍や人種は多様です。ジェンダー・ダイバーシティに目を移すと、例えばタイの現地法人は、ほぼ全員が女性社長ですが、これはどちらかというと国や社会自体の要素が大きいわけです。また、現在の社会の多くの仕組みは男性が作り上げたものであると言わざるを得ず、女性が能力を発揮する環境を作らなければ真にサステナブルとは呼べません。さらに言うと、「女性を〇人採用しよう」「女性の取締役にしよう」と無理に数合わせをするのは果たして正しいのか?と自問自答しています。

ESGへの取り組みが企業価値向上につながるのは間違いありません。究極的には「社会に対してどのような価値を生み出したか?」に尽きると思います。何も競合に打ち勝つことだけが会社の強さではありません。企業の目的は永続的に発展していくことであり、極論、買収されたとしてもこの目的を果たせるのであれば問題ありません。資本市場の尺度(時価総額)とズレが生じる局面もあるかもしれませんが、長期的に見ればつながっていくものだと考えられます。

自社株買いを含めた株主還元の実績と今後の考え方について教えてください。また、株主・投資家の皆様との関係において重視していることや注目してもらいたいこと、持続的な成長に向けた手応えなど、お伝えしたいメッセージがあればお願いします。

資金を将来の持続的な成長のための投資に優先的に使う、という考え方は不変です。ただ、成長戦略において中核を成すM&Aについては機会の有無、バリュエーションに大きく左右されますので、それらが具現化しなかった結果、余剰資金が生じた場合は基本的に株主の皆様に還元する次第です。直近1年においても合計800億円、発行済株式数の約1.7%分の自社株買いを行い、取得後消却を行っています。今後も投資機会とのバランスをにらみながら、機動的な資金のアロケーションを行い、成長のための投資と株主還元を積極的に行う資本効率重視の経営を行っていきます。